ブログ|株式会社神楽樹

かぐらぎのBlog

咄嗟にでる言葉

実習生も数年日本で暮らしていくうちに、咄嗟にでる言葉が日本語になってきます。
「痛!!」とか
「熱!!」など(笑)
一生懸命仕事をしている最中にそうゆう場面に出くわした時、
外国人が日本語で声をだす姿はとても面白く、まわりの空気が和みます。
(先に心配するべきかもしれませんが)(笑)
もちろん仕事としての戦力になってくれていますが、こういった何気ない言葉だけでも
いい雰囲気作りに貢献してくれているんだなぁと感じます。

実習生制度

この制度の目的は、あくまで外国人が日本で技術を学び、培った技術を
母国で役立てる為の制度です。そう、建前上。
実際、彼らはお金を稼ぐのが目的で、日本の企業側はどうにかして
人出不足を解消したいというのが本音だと思います。
私はフィリピンでの面接時に、なぜ日本で働きたいかを尋ねますが、
理由はみな「家族の生活費」や「家(車)を買いたい」「お金を貯めてなにか商売がしたい」
等々、今のところ日本で技術を学んで母国で同じ職種を生かそうと考えている人間に
面接時には出会ったことがありません(笑)
(もちろん私が出会った事がないだけで、そういった人も沢山いるはずですが)
現在の実習生受け入れ許可認定を受けている分野=人出不足の分野な訳ですから、
実習生=出稼ぎ労働者だという事は、もうみなさん周知の事だと思います。
出生率が1.3付近でうろうろしている日本で、労働力が上がるはずはないのですから、
それを他国から補うのは仕方のない事だと思っています。
しかし、実習生という名目である以上は本人の望む、望まないに関わらず期限があり
終わりがやってきます。
仕事とお金が欲しい国から、人出不足の国に働きに来るというWINWINのスタートも
3年、5年と日本で働いて、やっと企業の戦力になる状態になった時点で
帰国”させないといけない”側と、まだまだ日本で働きたいのに
帰国”しないといけない”側ができるという、なんとも残念な終わりがくるこの状況・・・
なんとか双方WINWINになれる制度になってほしいと願っています。

彼らの日本像

私はフィリピンに行った時、近代化は進んでおり、全然時代遅れの環境ではなく都心部は
日本とも遜色ないと感じました。正直失礼ながらもっと見下したイメージでした。
(もちろん清潔さ、マナー、田舎等には大きな差が感じられますが)
そして逆にフィリピンの彼らの日本へのイメージもそのようで、治安の良さや
テクノロジーが凄く、フィリピンとは比べ物にならないような感覚だったそうです。
「日本は全て機械が仕事をするから、仕事は楽だ。」と思っていたそうで、
ハリウッド映画に出てくるような近未来都市をイメージしていたようです。
現状実習生の受け入れは、建設業、農業などの肉体労働分野が多く、楽だと思っていた労働も
厳しい規則や就労時間等フィリピン以上に厳しく、しんどくてビックリしたそうです。
(フィリピンでは同僚とおしゃべりや、携帯電話を触りながらの接客も当たり前です。)
実習生制度を活用する分野=人出不足の分野=日本人から不人気の職種・・の構図の中
外国人の実習生たちがする作業は、彼らが想像していたようなテクノロジーを駆使した
作業ではないのが現状だと思います。
しかし、治安に関しては期待通りだったらしく、夜ぶらぶらと一人で買い物に出かけれる事は
すごい事だそうです。 このコロナ禍で痛感した事ですが、政府の給付金申請の管理時の
ゴタゴタなど、世界の先進国日本はもはや昔の事で、IT分野等に関してはもはや先頭を
走っている訳でもなく、むしろ他国を見習わないといけない状態だと思います。
このままでいいのか? 日本。

2期生の一時帰国

弊社実習生の2期生、ニニョとジョージが3年の実習を終え、一時帰国をしました。
彼らも1期生同様、2年の延長をしたので戻ってきたのですが、このコロナ禍、
隔離、隔離、また隔離で、休みの半分以上はホテルに缶詰め状態だったそうです(笑)
大変な状況の中での帰国でしたが、
ジョージは親戚一同20数名を海へ旅行に招待したそうです。大盤振る舞い!

 

 

 

 

 

 

 





ニニョは新しく建てた実家の塗装を自分でしたそうです。
写真をみせてもらうと、そこには嬉しいデザインが写っていました。



 

 

帰国後、沢山の服やお菓子のお土産も買ってきてくれました。
彼らの優しい気持ちに感謝です。 しかし、やはりといいますか1期生同様、
財布の中身はすっからかんになったそうです☺☺
なにはともあれ、リフレッシュできたようなので、
またゼロからしっかりがんばりましょう。

作業中 ②

 

 安全第一で作業中です!

(・ω・)

コロナ

コロナウイルスによるパンデミックも、気が付けば1年を過ぎました。
やっとワクチン接種も始まっていますが、まだまだ終息には
長い道のりが必要なようです。
私はフィリピンで面接し採用した者とは毎回、来日までに
Facebookのメッセージでやり取りを行います。
雑談が大半なのですが、日本語習得の近況報告や来日している先輩達の様子や
ルール、厳しさなどを事前に伝えて来日後、少しでも早く環境に溶け込んでほしいと
考えています。
しかし、この状況下もう一年以上来日が遅れている実習生たちが5名おります。
「社長、いつ日本に行けますか?」
メッセージのやり取りをするたびに、彼らは悲痛に尋ねてきますが
私はその度に胸が締め付けられる思いになります。
フィリピンは世界でもいち早く厳格なロックダウンを行いましたが
あまりいい成果は上がっておりません。
厳格な故に仕事も出来ないので収入がなくなり結果、泥棒や強盗など
治安の悪化が激しいと聞いています。
一つ屋根の下に暮らす人数が多く、衛生環境が良くないうえ路上生活者も多い。
日本のような保険制度ではないので医療費がとても高く、体調が悪くても
病院に行けない。まさに悪循環のループの典型的状況のようです。
私はフィリピンのこの状況が理解できるからこそ
彼らが私に尋ねる声が重く感じられます。
私はワクチンに大きな期待を寄せています。
一日も早く元通りの世界になり、彼らと再会できることを強く強く望んでいます。

助け合いの文化(??)

フィリピンでは、困っている人がいたら皆で助け合うという素晴らしい文化があるそうです。
家族みんなで助け合い、一つ屋根の下で暮らす。誰かが困っている時には
お金や手を差し出す・・・。私のモノはあなたのモノ。
初めて聞いた時には、素晴らしい文化だと思ったのですが、
よくよく深く知っていくと??が出てきます。(笑)
助けられる人は助けられっぱなし。大した努力もせず、助けを求める、ねだる。
3年の実習期間が終了し、一時帰国した(2年の契約延長をしたので、日本に戻ってくる)
当社の実習生から帰国1か月後には、こんな電話がかかってきました。

実習生「社長、いつ日本に帰れますか?もう早く日本に帰りたいです。」
__「お前、まだ帰国して1ヶ月やん。まだ確定してないけれど、組合から3か月か
____4か月て言われてたやん。」
実習生「はい。でも、フィリピンにいたらお金が無くなります。」

私はすぐに彼の現状が理解できました。
日本帰りの彼は、フィリピンの友人からすれば、お金持ちになって帰ってきた人間なのです。
3年ぶりの再会でもあるので帰国後、毎夜毎夜飲みに誘われるのです。
もちろん、ある人がない人を助けるので彼は・・・(笑)
助け合うというと聞こえがいいですが、実際はタカリのような状態です。
数か月後、無事に戻ってきた彼はこう言いました。
「やっと帰ってこれました。日本でよりも、フィリピンでの方がお金を使いました。
_もうフィリピンに戻りたくありません。」
ここまでの文章でお気づきでしょうか?
フィリピン人の彼が、日本に「帰り」たいと言い、フィリピンに「戻り」たくないと
言っている事に。

フィリピンのガードマン

当社の実習生の2期生ニニョはガードマンの仕事をしていたそうです。
フィリピンはガードマンがとにかく多い。
ホテルはもちろん、スーパーや少し大きめな個人商店、マンション入り口にも。
治安の悪さもあるだろうが、こうやって無理やり雇用を進めている
気がするくらい多い。ホテル、スーパーなどの大型施設のガードマンは
ショットガンを携帯している。ニニョはマンションの入り口と銀行の
警備をしていたそうです。マンションの入り口の警備と言っても、
正直スルーパスなので、実質、扉の開閉が仕事の人間自動ドア状態。
一日がとても長かったと言っていました。
そういった警備では拳銃などは渡されず、制服と警棒のようなものが         ★警備中のニニョ★
支給されるそうなのですが、治安の悪いフィリピンでそれでは到底警備などできません。ニニョも銀行の警備中に強盗が来たことがあるそうです。

私「お前、その時どうした??相手は拳銃を持ってた?」
ニニョ「持っていました。私は逃げました。めちゃめちゃ怖い。」
私「(笑)(笑)そりゃそうや(笑) でも、お前それじゃ警備の意味ないやん(笑)」

今では笑い話で済むのですが、比較的安易に拳銃が入手できる国の治安は
やはり恐ろしく、それと同時に外国人が口をそろえて言う
「日本の治安の良さ」は素晴らしいものなのだと再認識します。

彼らの仕事

初めての面接時、私は皆に同じ質問をしました。
「日本に来て、辛い時や納得がいかない事があった時、貴方はどうしますか?」
ほとんどのフィリピン人はこう答えました。
「仕事なので我慢します。」
この時、私は絵に描いたような模範解答を皆が言うので
参考にはしていませんでした。
私の会社で働くフィリピン人の前職も実にバラエティーに富んでいます。
フィリピン実習生初採用の2名のうちの1人、ティルソは
造船所で、船のサビ取りの仕事をしていたそうです。
毎日、毎日、電動サンダーでサビを削る作業をしていました。
毎日、毎日、ずっとサンダー掛け。この仕事を1年続けたそうです。
ご存知の方もおられるでしょうが、電動サンダーを数時間続けると振動で
腕の感覚は麻痺し、握力はなくなります。
鉄粉、埃が飛び散るので防塵マスクをするのですが、息苦しくなってきます。
彼はこの仕事の契約延長を勝ち取り、1年続けたのです。
「仕事を辞めたり、変えようとは思わなかったのか?」
「辞めたかったです。でも、辞めたら仕事がありません。だから我慢しました。」
彼との会話の後、私は気が付きました。
「仕事だから我慢する」は、模範解答で答えたのではないのか?という事。
そしてもう一つ。
正直、鬱陶しく感じていた路上の物売りも、この国では
彼らにとって数少ないチャンスの中で手に入れた仕事なのだという事。

口数は少ないけど、実はとっても明るく頑張り屋さんのティルソ

✋衣服争奪ジャンケン✊

ご存知の通り、フィリピンは年中暑い(暖かい)国です。
なので、フィリピンから来る彼らは、暖かい冬用の上着などは持っていません。
弊社では、スタッフやその友人などから着なくなった衣服をお譲り頂き、実習生に
提供しています。身体の大きいのから小さいのまでいますので、サイズが合わない
事はなく、すべて有効に使わせて頂いております。
そんな沢山の衣服を皆で分けているうちに、数名が気に入ったデザインの服が必ず
出てくるのですが、その時に行われるのがジャンケンです。
とても熱量のあるジャンケンになります。(笑)
勝った者は「イェーイ!」とガッツポーズをし、すぐに服に袖を通します。
が、いざ着てみるとサイズが合わない・・・。
そんな時はまたジャンケンのやり直し(笑)
子供服やおもちゃも頂くのですが、その場合はフィリピンに残っている実習生の
家族や子供に送っています。
弊社では毎年、実習生を受け入れております。
皆さまのご支援のもと、今日も彼らはがんばっております。
いつもありがとうございます。
もし、不要になった冬用衣服がございましたら、お声掛け頂けると幸いです。
そして図々しくも、これからも彼らにご支援、ご声援のほど宜しくお願い致します。

衣類争奪ジャンケン開始‼                袖短いやん(⦿_⦿) 

ありがとうございました。<(_ _)>